沿革

 私たちの会社は、中央アルプスと南アルプスに挟まれた、信州・伊那谷の小京都、飯田で大
正5年3月産声を上げました。
                                               
 飯田は信州の地としては、気候が暖かで苔も良く育ち、古くから京都風の日本庭園が多く、
人々は庭に馴染んでおりました。この水清く、人々の心温かな農村部で、先々代の原 吉三
は、当地の豪族・庄屋・豪農に出入の庭師として仕え、会社の基礎を築きました。
 昭和30年代になると高速自動車道の建設が名古屋方面からはじまり、恵那山トンネルから
伊北インターまでの工事を中央の大手ゼネコンや造園会社から仕事をいただき、公共工事に
も参画するようになってまいりました。名古屋の100m道路・東名高速三ケ日工区等も当時から
施工しておりました。
 現在は、飯田運動公園・都立大学・松本空港等の公共工事から、個人庭園の作庭、長野県
下伊那郡上村赤崩れ沢の大栃の木(日本で3番目)の外科治療や、樹高19m重さ60tの黒松
の移植手術、重さ60tの巨石の石組み、さらにビオトープ関連事業まで幅広く取り組んでいま
す。
            

         

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